占術・三元派北斗流推命術の継承者として、世の中で見聞きし出会った事を、日々綴って参ります。


by 魚のおじさん
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啓蟄 爺さん秘伝の被せ釣り

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 縮景園(広島市中区)松の菰外し


 今日、3月6日は、二十四節気啓蟄です。


 啓蟄の啓(けい)には、「ひらく」との意味があり、蟄(ちつ)は、「土中に冬籠りしている虫」の意味で、大地が暖まり冬眠していた虫が、春の訪れを感じて、穴から出てくる頃とされています。

 広島市内の観光名所で在り、市民の憩いの場でもある縮景園でも、毎年、啓蟄に、菰(こも)外し を恒例行事とされている様で、テレビのニュースなどで報じられています。


 啓蟄の頃には、交通事故で足を悪くする以前には、チヌ ( 黒鯛 ) 釣りに、よく行ったモノです。

 私は、魚の中では、チヌが一番の好物です。

 特に、この時期のチヌの未成熟の卵巣の煮付けは絶品です。

 産卵期の成熟した卵巣は、粒が大きく固い感じですが、この時期の卵巣は、粒が小さく、なめらかで、独特の濃厚な味わいが有ります。

 チヌには独特のクセが有るので、嫌う方も多く、価格も真鯛よりも随分安いのですが、個人の嗜好は、まちまちですから優劣に付いて論じる事は致しませんが、チヌのクセこそが味わいで在り、卵巣の味に関しては、真鯛よりもチヌの方が、圧倒的に美味しいと思います。

 しかし、チヌの卵巣は煮え難く、半煮えを食べると食中毒を起こします。

 場合に寄っては、極度の下痢と嘔吐や、全身に発疹が出来て高熱を発症します。

 その辛さは凄まじいモノで、私は、子供の頃に、チヌの半煮えを食べて食中毒を起こして入院した経験が有りますので、身に染みて解って居ります。

 以前は、広島の漁師の中にも、「チヌの子 ( 卵巣 ) は、河豚より、いびせぇ ( 怖い ) 」と言って、チヌの卵巣を食べない方も多かったのですが、昔は今の様に、調理器具が発達して居らず、竈 ( かまど ) などで、マキや炭火で煮炊きをして居ましたから、半煮えに成って仕舞う事が多かったからではないかと思います。

 確り煮れば、何の問題も無く美味しく食べられます。( 私は、念には念を入れて、落し蓋をして20分は煮込みます )

 チヌは、特殊な生態を持つ魚で、産まれてから2~3年までは全て雄で、成長すると卵巣が発達して来て、殆んどか雌に性転換します。

 大きなチヌほど、大きな卵巣が有るので、広島の独特の釣り技法で在る、「被せ釣り」をして大物を釣って居ました。

 また、この時期から、4月の初めに掛けてが、広島牡蠣が、一番美味しい時期に成り、しかも、価格が随分安く成りますので、京都の義父母や、関西や関東に住む友人の所へ、毎年、牡蠣を送る事にして居ます。

 年末年始の牡蠣は、価格も高く、見栄えは良くても、芯から太って居ない為に、加熱すると半分くらいに縮んで仕舞いますが、この時期に成ると、芯から太って居るので、加熱して凝固して来ると、逆に大きく成った様に感じられる程で、味も濃く、大切な人に食べて貰いたいと考えるなら、この時期が最適です。



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牡蠣の幼貝を育てる牡蠣ひび(棚)と遠景




 2月9日の記事に、広島に伝わる、独特な釣りの技法で在る、「被せ釣り」に付いて、このブログの、数少ない一般読者の方から、2,3質問が御座いましたので、ブログを通じて伝授したいと思います。

 「被せ釣り」に付いて、ネットを検索した処、広島で一般的に行われている「被せ釣り」に付いて、非常に丁寧に紹介されているサイトが在りましたので、其方を御参照ください。 ⇒ ⇒ ⇒ 此のサイトです。






 牡蠣の養殖が盛んな広島では、養殖業者から分けて貰ったり、海岸に自生して居る天然の牡蠣を採取する事が容易なので、牡蠣を使って「被せ釣り」をする事が多いのですが、基本的には二枚貝で在れば、「被せ釣り」をする事が出来ますし、栄螺などの巻貝でも、同様の釣り方をする事が出来ます。

 しかし、本来の「被せ釣り」の仕掛けは、上の写真の様な物で、この仕掛けの針先に小海老などの餌を付け、上部の布に砂や砕いた貝や撒き餌を包んで海中に沈め、魚の居る棚まで下ろして2,3度さびきますと、留め金が抜けて布がほどけ、中の物が散らばる仕掛けに成っていて、寄ってきた魚が釣り針に食い付いたところを釣り上げます。

 撒き餌に布を被せる事から、「被せ釣り」と呼ばれ、江戸時代以前から全国的に在る、伝統的な漁方です。( 写真では、便宜上、布から釣針までの長さを短くして居ますが、実際は1m程です )


 1月21日の記事でも触れましたが、祖父が、釣友で在った、広島の老舗百貨店・福屋 の創始者である香川源兵衛氏と、マツダ の創業者・松田重次郎氏 と釣りに行った際には、現在の「被せ釣り」を行って居たと、父が言って居りましたので、少なくとも、戦前には、音戸の漁師の間で、現在の釣り方が行われて居た様です。


 今日、紹介する「被せ釣り」は、私が小学生の頃、小遣い稼ぎの為に、漁の手伝いに行って居た、母方の親戚の釣り名人である、お爺さんから伝授して戴いた、「熊太郎被せ」です。

 通常、「被せ釣り」は、牡蠣の蓋側の根元部分の4分の1程度を剥がして、牡蠣の腹に釣り針を刺して釣りをしますが、この作業は慣れないと難しく、10歳の私は手間取って、お爺さんの手を煩わせて居りました。

 それで、私にも出来る遣り方を教えてくださったのが今回の「被せ釣り」で、実は、お爺さんは、私の祖父から「被せ釣り」を教わったのだそうですが、初めは上手く出来なかった為に、アイデアマンだった祖父が考案して伝授した遣り方で、お爺さんは、祖父の名をとって、「熊太郎被せ」と呼んで居られました。

 初心者や不器用な方でも、容易に出来ますので、興味の在る方は、試してみてください。





 上の写真が、基本的な仕掛けに成りますが、今回は、見え易い様に、大型の釣り針を使いましたが、本命の魚に合わせた釣り針を使ってください。

 縒り戻しから、牡蠣を取り付ける側にフック金具、釣り針と道糸の二股にします。

 道糸の長さは自分で調整なさってください。


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準備する備品

 *牡蠣打ち ( 広島で牡蠣を剥き身にする道具 ) 無ければナイフで代用
 *ナイフ
 *ペンチ
 *小さいスプーン
 *輪ゴム ( 沢山用意します )


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 牡蠣は、根本側を上にし、蓋側 ( 牡蠣殻の平らな方 ) を表に向けた場合、写真の赤い印の辺りに貝柱が在るので、この部分に牡蠣打ちの葉の部分やナイフを差し入れて切り離します。


 牡蠣殻を開ける際は、ペンチで牡蠣殻の左下の端っこの部分を潰し砕くと、刃を差し込み易く成ります。

 その隙間から刃を、牡蠣の身を、なるべく、傷付けない様にしながら牡蠣殻の背 ( 殻の膨らんだ側 ) の内側の面に沿って刃を差し入れて、貝柱を切って殻を開き、牡蠣殻の背と牡蠣殻の蓋を分けます。

 牡蠣の身は、蓋側に付く事に成ります。

 牡蠣打ちを上手に使うと、この作業を一度に出来ます。


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 写真の様に、ペンチで殻を挟んで、押え付けながらこねると、容易に割れます。( 理想的には、4分の1~3分の1で、少々歪に成っても構いません )


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 私は、写真の向きで釣り針を刺しますが、逆向きでも変わらないと思います。


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 牡蠣殻の背の内側に、スプーンで練り餌を仕込みます。

 練り餌を仕込むのが、「熊太郎被せ」の重要なポイントで、通常の「被せ釣り」との大きな違いですが、練り餌のレシピについては、後で紹介します。( 写真では便宜上、味噌を使って居ます )


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 写真の様に、牡蠣の背側と蓋側を合わせて、輪ゴムで止めて、仕掛けを取り付けます。( 投げ釣りをする場合は、念の為に輪ゴムを2本かけてください 。投げ釣りが出来るのが、「熊太郎被せ」の特徴ですが、過度の遠投には向きません )

 これを海に投入しますが、魚のアタリは、牡蠣の方から感じ取るので、或る程度の慣れが必要ですが、魚の活性が上がり過ぎて飲み込まれて仕舞い、ハリスを切られてバレて仕舞う事が多いので、其方への注意も必要です。


 練り餌は、オキアミとミックを2対1の割合でフードプロセッサーで混ぜ合わせます。

 お爺さんは、自分が獲った芝エビを殻ごと擂鉢で磨り潰し、味の素を混ぜて作って居られましたが、時代の流れを感じます。

 此れが基本素材で、狙う魚によって、アサリ・子鰯や鯖の切り身・ゴカイやコウジ等を加えて更に混ぜ合わせて完成させますが、配合に付いては、御自分で色々と試してください。


 実を言いますと、秘伝では、此れにプラスして、或る秘密の素材を練り込みます。

 此れは、秘密の素材と牡蠣と耳イカを、2対1対1の割合で鰊油 ( ニシンあぶら ) に漬け込んで、瓶の中で長期間腐らせた物で、その臭さは嗅いだ者にしか分からない、想像を絶するモノです。

 私は、シュールストレミングを、2度、食べた経験が在りますが、それを上回る殺臭で、鼻に近付けて一気に嗅いだら、恐らく気絶します。

 公表しないのは、秘伝だからでは無く、あの様な危険物の製造法を、世に広める弊害を避ける為だと御理解ください。

 但し、此れを使うと、魚の活性が異常に上がって爆釣します。・・・「猫に木天蓼 ( マタタビ ) 」の様な物でしょうか。

 私が、学生時代に、此れを伝授した、ドライブインのオーナー達は、各地で爆釣を繰り返したのですが、他に広がらなかったのは、「秘伝を他に決して漏らさない」と言う私との約束を守ってくださったからでしょうが、一般の人に薦められる様な真面な代物では無かったからだと思います。

 態々あの様な「毒」を使わなくても、容易に「被せ釣り」を楽しむ事が出来ますので、「熊太郎被せ」を試してみてください。



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 被せ釣りで釣り上げた真鯛


 嘗ては、私も釣りを愛し楽しんだ人間ですから、釣りをされる事は大いに結構と考えて居ます。

 だからこそ、釣りをされる方の中に、「不心得者」の多い事を危惧して居ります。

 ゴミを放置して帰ったり、帰る際に、要らないからと、余った餌や撒き餌を海に投げ捨てる者も居ります。

 本人は、「魚に餌を遣るのだ」思って、悪気は無いのかも知れませんが、ゴミにしろ余った餌にしろ、元々、釣り場に無かった物は、全て自宅などに持ち帰るのは、釣りをする者の大原則です。

 雑魚だからと言って、海に投げ捨てたりする光景をよく見かけますが、乱暴に扱った雑魚が、生き残る可能性は殆ど有りません。

 リリースしてあげるので在れば、直接、素手で触ってはいけません。

 人が素手で握るという事は、魚にしてみれば、人が大型のプレス機に全身を挟まれた上に、熱湯を浴びせられたのと同じ事だからです。

 釣り上げた雑魚が、活きが良いかどうかを確かめた上で、なるべく傷めない様に注意しながら釣り針を外してやり、タマなどに入れて、そっと海に帰してあげるべきです。


 雑魚も、調理次第で美味しく食べられます。

 食べれない様な小さな雑魚も、持ち帰って冷凍にして貯めて置き、フードプロセッサーで潰して魚肉ハンバーグにすれば美味しいですし、犬や猫の餌として使えますので、自宅に犬や猫が居なければ、御近所や知人の、愛犬家や愛猫家の方にさしあげれば大変喜ばれます。


 雑魚を、畑の肥料にする事も出来るのです。・・・釣り上げた魚は、一匹残らず持ち帰ってください。


 また、たまたま爆釣しいるからといって、どう考えても、自分では処分出来ない程の魚を釣り上げる事にも、賛同出来ません。


 坊主に終わって仕舞う事も多いので、気持ちは分かりますが、自分で処分できる範囲を超えたら、後ろ髪を曳かれる思いでしょうが、納竿するべきだと思います。


 ただ、その様な事は滅多に無く、釣れた魚を、御近所や友人・知人に御裾分けして、感謝されながら釣果を語る事は、釣りをする者の喜びの一つですし、余程、世間を狭くして生活されて居る方でない限り、自分の枠を超える爆釣をする事は無いと思いますが・・・。



 漁師をしていた私の父や、私に釣りを教えて呉れた、お爺さんも、「ブニ」と言う事をよく言って居りましたし、私も、よく使います。


 「ブニ」とは、広島弁で、「食い扶持」の事で、そこから、意味が派生して、「物質的な幸運」などとしても使われます。


 大漁をした時などに、「ブニが有った」などと言います。



 お爺さんについて釣りに行った時、その日は好調で、1時間足らずで、釣り上げた真鯛やアイナメで、2カ所在る舟の生簀の片方が一杯に成りました。


 どんどん釣れそうな勢いだったのですが、お爺さんは、


 「はぁ、今日は、こんぐらぁで堪えちゃろぉてぇ。いのぉや。」と、言って、帰り支度を始めましたので、「お爺さん。まだ来て間も無ぁし、よぉけ釣れよるのに、何でいぬるん?」と、聴きましたら、


 「こんだけ釣りゃぁ充分じゃ。今日は、ちぃとの時間で、いっっもより、えっと釣れたんじゃけぇ、その分、楽ぅ出来るけぇ、それが儲けよ。えっと釣り過ぎたら魚の値も安ぅ成るだけじゃし、次に来た時の魚が居らん様になっちゃぁ冴えんけぇのぉ。」と、言いましたので、「ほいじゃが、お爺さん、次に来た時に釣れるたぁ限りぁせんよ。」と、言いますと、

 「ほぉよのぉ・・・ほいじゃがのぉ、儂ゃぁ年金も軍人恩給も貰いよるけぇ、あせりゃぁげて稼がんでめぇんよ。それにのぉ、釣り過ぎたら、種ぇ切って仕舞ぉて、あんたがオセ(広島弁・大人)ん成った頃に、魚が居らん様に成るけぇのぉ・・・あんた等に、ブニぃ残しちょっちゃらんにゃぁのぉ。」と、笑いながら話して呉れました。



 その頃、父と刺し網漁に付いて行った際に、お爺さんが釣りをする、「網代」(漁をするポイント) の近くに行きましたので、


 「父さん、あっこで、お爺さんと釣りぃ行った時に、よぉけ釣れたけぇ、あっこへ網ぃすりゃぁえぇんじゃなぁかねぇ?」と言いましたら、


 「わりゃぁ、不細工な事ぉ(広島弁・広い意味で使われますが、この場合は、道理に反する事の意)言ぅちゃぁつまらんでぇ・・・儂が何年漁師ぃしよる思ぉちょるんなら。子供のくせに船頭をしちゃぁつまらんど。」と、強く叱られ、


 「あっこが、爺さんの網代じゃゆぅなぁ知ちょらぁやぁ。年寄りがのぉ、独りで釣りぃして、飯ぃ食いよりんさるんを、儂等が網代を荒したら、儂等のブニが、無ぁ様にならぁやぁ。儂等にゃぁ儂等のブニが有らぁやぁ。」と、諭された事を、強く覚えて居ます。



 今時の漁師の方の事は分かりませんが、海を愛する強い思いや、漁師同士が助け合ったり、労り合う気持ちを持ちながら、互いにライバルとして,凌ぎ削って競い合って居た様に思います。



 随分前に、C・W・ニコル氏が、テレビの番組の中だったかで、「日本の山村は、どんな人間でも快く受け入れて呉れるが、島などの漁村は、排他的で余所者を受け入れて呉れない。」と、言う様な内容の事を話して居られたのを覚えて居ます。


 山村では、山や田畑を維持して行く為の労働力は、いくら在っても足らないのに、若者の人口が減り、余所者を受け入れても、山や荒れ地を開拓したり、使われなくなった田畑を耕せば、食うには困らない環境が在るので、地域に親しむ心を持ってさえ居れば、容易に受け入れて呉れるのだと思います。


 一方、漁村では、新しく人が入って来て漁をすれば、その分、自分の取り分が減る事に繋がりますから、どうしても排他的な意識が産まれたのだと思います。

 
 しかし、近年では、漁村でも若者の人口が減り過ぎて、限界集落と呼ばれる漁村も増えて参りましたので、ニコル氏が訪れた頃よりは、村民の意識も、余所者に対する待遇も、随分と変わって来て居るのではないかと思います。



 また、余談が長く成って仕舞いましたが、釣り上げた魚は、どんな大物でも雑魚でも、尊い命で在り、大切な資源でも在るので、何某かの縁が在って私に釣られたのだと考えられて、大切に扱ってあげて欲しいと願って居ります。



 ブログの記事に掲載する為に使った牡蠣を焼きながら、子供の頃の事を思い返して居りました。・・・アジアの片隅より

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by asianokatasumiyor | 2015-03-06 22:03 | 二十四節気