占術・三元派北斗流推命術の継承者として、世の中で見聞きし出会った事を、日々綴って参ります。


by 魚のおじさん
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<   2015年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧

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 禅ぱん




 パン好きの私ですが、一つだけ苦手なパンが在ります。


 ベーグルです。


 パン好きの私ですが、どうしても、あの、出来損ないの牛皮餅の様な触感が、好きに成れません。

 ベーグルを好きに成れない一つの要因は、昭和なオジサンの私は、子供の頃からベーグルに馴染みが無かった事に在ると思います。

 日本でべーグルがメジャーに成ったのは、此処10年余りの事で、私が大学を卒業して大阪の証券関係の会社に就職した頃、ドイツ出身の店主が経営する、神戸のとあるパン屋さんに売られて居たのを食べたのが、ベーグルとの最初の出会いでした。


 私は、その店のプンパーニッケルヴァイツェンミッシュブロートが大好きで、足を延ばして頻繁に買いに行って居りましたが、ベーグルを見付けて手に取り買いましたが、二度と買う事は在りませんでした。・・・30年前の事です。

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 昨日も、料理請負の仕事は休みでしたし、前の日に引き続き、幼馴染の家の建て替えの関係で、工事を行う業者も交え、風水上、吉相と成る間取りについて打ち合わせる為に、幼馴染の家に出向いて居りました。


 家の設計についてのプランも纏まり、幼馴染がマンションに送って呉れる事に成りましたが、前の日にパンを買いそびれて仕舞った事も在りましたし、以前から行きたいと思って居りました、坂町の鯛尾に在ります、禅ぱんに寄って呉れる様に頼みました。


 実は、禅ぱんのオーナーは、私の兄の知り合いらしく、開店された頃に幼馴染と一緒に来店した事が在るのですが、私はベーグルが苦手なので、私は買わなかったのでした。


 最近、禅ぱんはテレビや雑誌で紹介されて、名が知られる様に成りまして、美味しいと言う評価をされる方も多い様なので、「皆が美味しいと言うベーグルとは、どんなモノなのか?」と言う事が気に成って居りましたので、機会が在れば訪ねてみようと思って居たのでした。


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 御店に入ると、愛想の良い、若いオーナー夫婦が応対してくださいました。

 店舗は、広めの玄関を改装した程度の小さなお店です。

 幅広のカウンターにパンを並べて、対面式で販売して居られます。



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 プレーン・エポトール・シナくるカレンズ・オレンジチョコナッツ・くるみ味噌・いちじく・くるみ・あんこ、の8種類のベーグルとクッキーなどが売られて居りました。

 御勧めはくるみ味噌だと言う事でした。


 パン好きの友人にも食べて貰って評価して貰う為、プレーンを2個と他の種類を1個ずつ、2組購入しました。



 幼馴染に部屋に送って貰い、近所に住んで居りますパン好きの友人が帰宅する、18時に成るのを相撲中継を観ながら待って居りました。

 相撲中継が終わりましたので、友人宅に電話をしますと、既に帰宅して居りましたので、買って来たベーグルと、入院前に炊いておいたいちじくのジャムとかぼちゃのジャムと、先週、神戸の友人が送って呉れた、ケージョ・ド・パストール
カマンベール・ド・ノルマンディーを持って友人宅へ向かいました。




 友人と奥さんとの3人での試食会が始まりました。


 最初に、プレーンを、何も付けずに食べました。

 奥さんが、ポタージュスープやサラダを作って呉れたり、蜂蜜や生ハムも出して呉れましたので、色々なモノを塗ったり挟んだりして食べました。


 ケージョ・ド・パストールを厚めに切って、生ハムとスライスした玉葱を挟んだモノが、私は一番気に入りましたが、此れは添えた食材が美味しいのであって、ベーグル自体を美味しく感じた訳では在りません。

 これは、友人のユダヤ系アメリカ人、ボブ・コーエン氏に教わった食べ方ですが、私が求めているのは、そのまま食べても美味しいベーグルなのでした。

 同じ具材を添えて食べるので在れば、普通の食パンや、バゲットミッシュブロートの方が遥かに美味しいと思いますし、逆に言えば、ベーグルが具材の美味しさを阻害して居る様にさえ感じました。



 流石の私も、沢山の具材を挟んだベーグルを9個も食べ、ポタージュスープを2杯、紅茶を2杯と珈琲を1杯飲みましたので、ウンザリするくらい、満腹に成りました。


 こんなに沢山食べておいて言うのも妙な話ですが、私としては美味しいとは思いませんでしたし、もう買う事は無いと思います。

 誤解為さらないで戴きたいのは、此れは厭くまでも、私個人の好みの問題で在って、友人も奥さんも、美味しいベーグルだと言って居りました。


 「ハッシー(私の愛称)は美味しいと思わんかったん?」と、聞きましたので、「うぅん…」と、生返事で答えました。

 すると奥さんが、「だいぶ前に土師さんが作ったベーグルを貰ぅたけど、凄く美味しかったよねぇ。」と、言いました。

 私はパン好きが高じて、自分でもパンを焼きますが、一時期、ベーグル作りに嵌って居た事が在りまして、自分好みのベーグルが出来ないかと、試行錯誤を繰り返して居りました。

 殆どが失敗作でしたが、そこそこ出来栄えが良かった時だけ、友人や知人に、御裾分けして居たのでした。

 しかし、どうしても納得の行くモノを作る事が出来ませんでしたので、諦めて仕舞い、ベーグルを焼く事は無くなりました。

 ベーグルは、強力粉に適量の砂糖と塩を入れて短時間発酵させ、ドーナツ型にした生地を、蜂蜜を加えたお湯で茹でた後に焼き上げるのが特徴です。

 しかし、私のレシピでは、メルベイユと言う準強力粉に、生クリーム彩美卵「輝」百花蜂蜜ロレーヌ岩塩エビアンを加えて友人から譲って貰った天然酵母で、比較的長い時間発行させ、生地をドーナツ型にして、蜂蜜を加えたお湯で茹でた後に焼き上げます。


 「蜂蜜を加えたお湯で茹でた後に焼き上げる」と言う部分だけで、「ベーグルっぽい触感」の美味しいパンでしたが、最早、ベーグルの範疇から外れた出来栄えで、おまけに、高級食材ばかりを厳選して使用し、「技量の無さを食材の良さでカバーするチンケな料理人」を象徴する様なパンでした。




 最近、どうしても「儂好みのベーグル」を食べたいと思いまして、色々な方に「美味しいベーグルの店を御存知在りませんか?」と、伺っておいて、涼しい時期(私は暑い時期が苦手なのでエアコンの効いた部屋で夏籠りをしますので活動しません)に成ったら「儂好みのベーグル」を探し出そうとして居りました矢先に、持病が悪化して入院し、端を折られた形に成りました。



 で、これから春に掛けて、「儂好みのベーグル」を探し出す活動をしていこうと考えて居ります。


 取り敢えず、禅ぱんのベーグル20点満点中10点と位置付けて、評価を加えて参ります。

 但し、厭くまでも「儂好みの評価」ですから、実際の美味しさとは比例致しません。



 そう言う訳で、「美味しいベーグル」について、何か情報を御持ちでしたら、コメントを御寄せ戴ければ幸いです。



 現在の処、「東広島市・メープルベーグル」・「東広島市・ベーグルショップ:ポレポレ」・「広島市・チェルシーベーグル」・「山口県宇部市・パン工房みなみ風」が良いとの情報を戴いて居ります。

 他に、しまなみ海道に美味しい店が在るとの情報を戴いて居りましたが、携帯電話を紛失して仕舞った為に、店名も住所も分からなくなって仕舞いました。



 『ベーグルが嫌いなら食わにゃぁえかろぉが‼』と、もう一人の私が申して居りますし、そう思われる方も多いでしょうが、此れを口実と目的にして、色々なパン屋さんを巡ってみたいと言うのが本心です。




 パンって、好いですよねぇ・ ・ ・ アジアの片隅より




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by asianokatasumiyor | 2015-09-25 13:00 | B級グルメ道

久々の休日に・・・

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 昨日は、久々の休日でした。


 しかし、休日とは言え、料理請負人としての仕事が無いだけで、完全なオフと言う分けでは在りません。


 午前中は、今、「子授け整体」の相談に当らせて戴いて居ります、二組の御夫婦の指導に伺わせて戴きました。

 昼からは、幼馴染が家の建て替えをするので、風水の鑑定と、新しく建てる家の間取りに付いて相談にあたって欲しいと依頼されて居りまして、幼馴染がマンションまで車で迎えに来て呉れて、家に伺って測量をしたり、奥さんも交えて意向を伺いながら、風水上、吉相の間取りのプランを考えました。

 大まかな案が纏まり、幼馴染も奥さんも喜んで呉れました。


 料理請負人としての仕事は、依頼された仕事を、現場で熟すだけですし、偶にレシピや仕入れについて相談されたり、自分で手配する事も在りますが、仕事が終われば残務は在りません。


 しかし、「子授け整体」の相談や指導にあたっては、様々なデータを纏めたり資料作りを致しますし、私自身、未だに学ばなければならない事も多く、様々な学術書や、関連した最新の研究発表などを拝読させて戴いて活用させて戴いて居ります。

 風水の鑑定など、占に纏わる事は、今回の様に現場に出向いて測量を行ったり、収集した資料に考察を加えて鑑定書を作成したりと多岐に亘り、一件の依頼に対して相当の時間と労力を要します。

 辻で手相を観て薀蓄を数分語って◯千円戴くと言う様な安易な仕事では在りません。

 占に関する依頼を受けると言う事は、依頼主の人生や命や、子々孫々に及ぶ依頼主の命運に関わる重大事を委ねられると言う事であり、「子授け整体」の相談や指導をさせて戴く事も、同じ重責が在ります。

 私は、占や「子授け整体」の依頼を受ける時、相当の覚悟を持ち、責任を担って御受けします。

 私が容易に依頼を受けないのは、そうした理由に由ります。



 料理請負人としての仕事の無い日に合わせて、占に関する依頼や、「子授け整体」の相談や指導にあたらせて戴いて居りますし、部屋に居る時も、様々な文献や資料を拝読したり、資料を纏めたり製図を引いたり鑑定書を作成したりして居りますので、ここ数年、「完全な休み」をとった事は殆ど在りません。

 抑々、ブログを書いて居りますのも、これ等の活動の一環として始めましたので、「趣味の延長上」と言う分けでは在りません。

 但し、「占に関する依頼」も「子授け整体」の相談や指導も、交通費や通信費などの実費程度しか頂戴致しませんので、生業では無く、「ライフワーク」と言う事に成ります。


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 帰りも、幼馴染が、マンションまで送って帰って呉れる事に成りましたが、久し振りに坂町を訪れましたので、ナガヤのパンが食べたくなりましたので、帰り掛けに立ち寄って貰う事に致しました。



 ナガヤベーカリーは、私が子供の頃から在るパン屋さんで、幼稚園に登園する際は、毎朝、パンを買って登園して居りました。

 現在は、登園と言うと、親御さんが送って行くか、幼稚園バスに乗って登園しますが、私が幼稚園に通って居たのは、もう、50年程前の時代の事ですから、当時は、幼稚園児も、小学生と同じ様に、自分で歩いて登園して居りました。


 当時は、ナガヤのパンと言う名称で、幼稚園に行く通園路の途中に在りまして、私の母は仕事が忙しく弁当など作る暇が在りませんでしたので、弁当の代わりに、毎朝、ナガヤでパンを買って登園して居たのでした。


 私のパン好きは、この店から始まったのかも知れません。



 程無く店に付きましたが閉まって居る様でした。


 居りて、窓のガラス越しに、中の様子を伺いましたが、祝日の為に休みと言う分けでもなさそうで、どうも様子が変です。

 丁度、年配の御婦人が通りかかりましたので、

 「お姉さん、ナガヤのパン屋さんは、今日は休みなんですかねぇ?」と、問いましたら、

 「はぁ・・・うちも、よぉ知らんのんじゃけど、今頃は、ここじゃぁ遣りよりんさらんのんじゃなぁかねぇ・・・フジに店ぇ出しちょってじゃけぇ、あっちへ行きんさい。」と、教えてくださいました。

 「そぉでしたか・・・有難う御座いました。」と、御礼を申しましたが、かなりガッカリ致して居りました。


 御婦人の仰っていた「フジの店」と言いますのは、もう、随分前から、フジグラン安芸の1階に、ナガヤベーカリーの直営店として、「ベーカリー プティ・グー」と言う店を出して居られるのでした。



 ベーカリー プティ・グーのパンも、そこそこ美味しいパンで悪くは在りませんが、私は、ナガヤのパン屋でパンを買いたかっただけで、ベーカリー プティ・グーで買ったのでは、私の郷愁は満たされないのでした。


 事情を話すと、「フジへ寄っちゃろぉか?」と、幼馴染が申しましたが、「いゃぁえぇわ。」と、言って断りました。

 その時、ふと、思い付きまして、「悪りぃんじゃが、東雲に行って呉れんかのぉ・・・寄って欲しい店が在るんじゃが・・・。」と、申しましたら、快く引き受けて呉れまして、車は東雲に向かいました。



 南区の東雲に在ります、「ベーカリー クニヒロ」のパンが、無性に食べたくなったのでした。


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 「ベーカリー クニヒロ」は、生真面目な若い夫婦が、昔ながらのオーソドックスなパンを丁寧に焼き上げる小さなパン屋さんで、以前は頻繁に利用して居りましたが、事故で足が不自由に成ってからは、行った事が在りませんでした。



 しかし、店まで行きましたら、上の写真の様に、廃業されて居りました・・・どう見ても、昨日今日閉店したと言う雰囲気では無く、随分前に廃業された様子です。


 「やれやれ・・・またか・・・」と、思いました。


 

 以前の記事・「ハッシー伝説」・・・幻のパン① で、「私が久し振りに店に行くと必ず店が開いて居ない」・「私が気に入って通うと、その店は必ず潰れる」と言うジンクスが在るのだと言いましたが、昨日も、それを実感する事に成りました。



 「店が潰れちょらぁゃぁ・・・折角、寄って貰ぉたのに、悪りぃのぉ。」と、申しましたら、幼馴染も、私のジンクスの事は、よく存じて居りますので、只々、大笑いして居りました。

 「何なら、どっかで一緒に晩飯でも食ぉぅや。」と、申して呉れましたが、「えぇわ・・・マンションへ帰ってや。」と、力無く言ったのでした。



 帰宅して暫くしてから、徐に近所のセブンイレブンに向かいましたが、店に入った時、「しもぉた‼…ローソンへ寄って貰やぁえかった‼」と、思いましたが後の祭り・・・手巻きおにぎりツナマヨネーズ・赤飯おこわ・ソーセージおむすび・厚焼き玉子・ゆで卵・バナナ・伊藤園の野菜ジュースを買いました。

 ここ数か月の間、と言うより、もう何年も、セブンイレブンへ寄ると、これ以外を買った事が在りません。

 たまぁに、ハーゲンダッツを買うくらいでしょうか・・・色々と選んだり、考えたりするのが面倒臭く、自分が食べる夕食など、適当で良いと考えて居ます。


 ローソンへ行けば、違ったモノを買う気になるかとは思いますが、私が住んで居る宇品にはローソンが在りませんし、バイクに乗って往復で30分近くも掛けてローソンに行く程の情熱や拘りは在りませんので、近所のセブンイレブンで適当に済ませて居ります。


 とは言いましても、飲食関係で仕事をして居りますので、部屋で殆ど自炊をしない私ですが、店の賄い食を食べたり、残り物などを貰って夕食としたり、近所のお姉さんの店でお好み焼きを食べたり、友人らと外食をしたりする事も多いので、コンビニで夕食を買うのは、精々週に1回程ですが・・・。




 部屋に帰って、「今度ぁ、何処へパンを買いに行こぉかのぉ・・・また、閉店しちょったり、潰れちょらんにゃぁえぇがのぉ・・・。」と、思いながら、おにぎりを食べ食べ、ワープロを打って居りました。・ ・ ・ アジアの片隅より




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by asianokatasumiyor | 2015-09-24 10:00 | 日常

八月の鍋割れヂヌ

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 チヌ(黒鯛)




 広島の漁師の間には「八月の鍋割れヂヌ」と言う言葉が在ります。

 言葉の流れで「ヂヌ」となまって居ますがチヌ(黒鯛)の事です。

 八月がチヌの旬で在る事を表す言葉です。

 但し、此処で言う八月は旧暦(太陰暦)の八月を指し、今年ですと9月13日から10月12日までが旧暦の八月に当りますので、今がまさにチヌの旬と言う事に成ります。


 チヌは春先に産卵しますが、その後の姿たるや、ガリガリに痩せこけて見ても可哀相な位の哀れさです。

 ハゼも同じ時期に産卵しますが、産卵後のハゼも同様で、広島の漁師は、痩せこけた男性の事を「五月ハゼ」と呼んで、鹹かったりして居りました。


 この時期のチヌを食べますと、身に脂気が無く、刺身にすると味が無く、焼いたり煮たりすると米糠を固めた様なポソポソの触感で不味いのです。


 此れが、梅雨の雨水を吸い、夏の時期に豊富な餌を旺盛な食欲で食べ捲り、新しい筋肉をどんどん付けて来て太り、更に脂も乗って来るのがこの時期なのでした。


 「余りに美味しいので、誰もが我先にと競って鍋をつつき合う為に土鍋が割れて仕舞う」と言う事から「八月の鍋割れヂヌ」と言うのでした。(刺身で食べるなら寒の時期が一番美味しいと思います)



 2月3日の節分の日の記事で、広島県が、 『広島県の魚』 を決める為に、アンケートを公募した結果、広島県の魚が、『牡蠣』に決まった事に対して、父が憤慨した話を致しましたが、「広島県の魚」とするのならば、カタクチイワシチヌが相応しいと、未だに思って居りますし、県庁所在地であり国際平和文化都市と自称して憚らないのに広島市には国立大学が無い事(県庁所在地では広島市だけで、広島大学は昭和57年(1982年) より東広島市へ移転)と共に、「牡蠣」が広島県の魚に指定されて居る事を、広島の恥部と感じて居りまして、今からでも構わないので、片口鰯かチヌに変更して貰えないモノかと思って居ります。



 広島の海は、一年を通して美味しい海産物が豊富ですが、私はその中でもチヌが一番好きです。

 特に、百目程度(300g程度)の箸程の大きさの小ヂヌの塩焼きが大好きです。


 チヌは、成長によって性転換する魚としても知られ、性転換する魚はマダイ等の様に、雌から雄になるのが一般的ですが、チヌを含めたヘダイ亜科は雄性先熟を行い、雄から雌に性転換します。2歳から3歳までは精巣が発達した雄ですが、4歳から5歳になると卵巣が発達して雌に成ります。

 但し、全てがメスになる訳では無く、雌性ホルモン(エストラジオール-17β=E2)が不足したオスは性転換しません。

 此れを人為的に行って、雌化しないチヌ(三倍体と呼び、雌化せずに真子を持たないので早く成長します)を生産する研究がすすめられて、生産可能に成って居りますが、人間の悪知恵で、こうした食物を作り出す事には大反対ですし、そう遣って作られた食物を食べる気にも成れません。

 此れと同様の研究が牡蠣でもなされ、3倍体牡蠣(卵を持たないので早く成長し夏でも食べられる)が生産されて居りますが、同様の考えを持って居ります。


 「有るが儘」が良いと考えて居りますし、品種改良ならまだしも、ホルモンや遺伝子の操作までして改良したり生産効率を上げる事は好ましく思って居りません。



 話を元に戻します。


 私の好きな小ヂヌの塩焼きは、一年を通して美味しいのです。

 それは、成長するとチヌが雌化する事とも関わりますが、チヌは産まれてから3年を過ぎた百目程度(300g程度)の箸程の大きさに成長した辺りから雌化し始めます。

 従って、此れより小さいモノは全て雄で、産卵をしないので雌の様に品質が落ちないのでした。


 実家で過ごして居た頃は、毎日の様に小ヂヌの塩焼きを食べて居りました。

 人によっては「チヌは汚い所に住んで居る」とかチヌは臭い」とか仰って毛嫌いされる方が多いのですが、私が子供の時分ですと汚染が酷かったのですが、様々な規制や企業の努力に由って、現在は工場からの汚水は、直接、海や川に入る事は在りませんし、下水も整備されて海も綺麗に成りました。

 鮮度が良く、丁寧に血抜きを施されていれば臭味も在りません。

 確かに、チヌは真鯛に比べれば、独特のクセが在りますが、そのクセこそがチヌの風味で在り、美味しさで在ると感じて居ります。

 真鯛は、「十人向きする上品な味」と言え、チヌは、「ツウ好みの庶民的な味」と言えるかも知れません。




 この時期は、チヌの価格は安価で、天候さえ良ければ安定して流通して居りますので求め易いと思います。


 塩焼きにするなら200g~300g程度の小振りなモノを買い求めてください。

 煮付けにされるなら500gを越えるモノを買い求め、出来れば切り身では無く、調理されて居ないモノを一匹買いしてください。

 鮮度は、目の感じと鰓(エラ)の感じで見分けますが、此れを伝えるのは難しいです。

 漁師の間で、「ブラ」と呼ばれる、死後硬直していないモノを入手する事は難しいと思いますので、信頼出来る魚やさんを見付けてくださいとしか申せません。

 背鰭の付け根の肉と、尾鰭の付け根の肉が丸く盛り上がって居るモノは、脂が乗って居ます。

 チヌの鱗は堅く、飛び跳ねて後始末が大変ですので、お店で落として貰う方が無難です。

 鱗を店で落として貰った場合、目の下側の頬の部分やカマの部分等の細かい所の鱗を落としていない場合が多いので、切り身にする前に丁寧に落としましょう。(私は、どれだけ丁寧に鱗を落として呉れているかで魚屋を選びます)


 肝は、店の人に頼んで、付けて貰ってください。(肝と一緒に煮ると濃厚な味に成ります。未調理を一匹買いをする最大の理由です)

 この時期には、真子を持って居ませんが、冬場から春先に掛けて真子を持って居ます。

 「チヌの真子は当たる(食中毒を起こす)と酷いけぇいびせぇ(恐ろしい)と言って、漁師さえ口にしない者が多いのですが、チヌの真子は非常に美味で、特に未成熟で粒の細かい、寒の時期頃の真子は絶品です。

 好みも在ると思いますが、美味いとされるヒラメやマハゲの真子を凌駕していると思います。

 但し、粒が極めて細かい為に煮え難く、半煮えを食べると大変な思いをする場合が在りますが、切り身などと一緒に煮た後に、別の小鍋に取って更に10分以上中火で煮込めば、全く問題は在りません。

 念の為に、妊婦と小さいお子さんは食べない方が良いでしょう。


 

 どうせ煮付けにするなら、「チヌ素麺」にされる事をお勧めします。


 粗方の作り方を申しますと、手頃な大きさの鍋に、適量の水に、醤油・砂糖・味醂・酒・スライスした生姜を入れて好みの出し汁を作り、煮立ったら、ブツ切りにした切り身と肝を入れて落し蓋をして煮込みます。(出し汁は2割程多目にし、少し薄味で作ります)


 魚が煮えたら切り身だけを深皿にとって盛り付け、茹でた素麺を添えます。


 残った出し汁に、醤油・砂糖・味醂・酒を足して少し濃い目の味にして煮立て、盛り付けた切り身や素麺にかけ、好みで、刻み葱・貝割れ大根・山葵などを添えて食べます。



 上の写真のチヌは、先日、友人が退院祝いに持って来て呉れたモノですが、300目余り(1kg程度)の大きさのチヌが7尾居りましたので、チヌの早妻汁を作って、友人・知人に御裾分けをし、頭の部分だけでチヌ素麺を作り、これも御裾分け致しました。


 チヌの早妻汁については、以前の記事で紹介しました、「鯵の早妻汁」と作り方は同じです。


 

 「チヌ素麺」については、私がいつも拝読させて戴いて居ります、紺野道昭氏が書かれて居られるシャーマンブログにも掲載して在りましたので、参考に為さってください。

 此処をクリック ⇒ 「チヌ素麺」




 「食欲の秋」と成りました。



 様々な美味しい食材が出回ります。


 時折りブログでも、ぼやいて居りますが、私は臭いの強い食べ物が苦手です。


 葫(ニンニク)・ラッキョウ・沢庵漬け・納豆・インスタントラーメン・メロン・女性(此処は笑う所です)・・・以前は苺も駄目でしたが結婚してから克服しました。

 無理をすれば、葫も食べれない事も在りませんが、どうしても食べれないモノが在ります。

 松茸です。

 秋の味覚の王様と呼ぶに相応しい松茸を、食べれないどころか、臭いを嗅いだだけで嘔吐をもよおし、頭痛がしてコメカミが痛く成ります。


 割烹料理店や料亭など、日本料理の厨房に立つ限り、この時期、松茸を避けて通る事は出来ません・・・それどころか大量に使います。

 松茸と同じ臭いがするので、枝豆も好きでは在りません。


 今日も、ホテルで行われた結婚式の披露宴で出される、懐石料理や舟盛りの料理請負の仕事をさせて戴きましたので、松茸の香りに噎せ返る様な厨房に立って居りました。


 この時期、此れが連日続きます。



 「また、やねこい(辛い)季節に成って仕舞ぉたのぉ。」と、思いながら、独り、秋の夜長を過して居ります。・ ・ ・ アジアの片隅より




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by asianokatasumiyor | 2015-09-23 00:40 | 日常

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 退院前日・9月15日の計量




 今回の入院で、最も期待して居た事が在りました。



 病状が良く成る事は勿論ですが、それ以上に、『規則正しい食生活に由って、痩せる事が出来るのではないか‼』と言う、大きな期待でした。



 入院直前に、病院に行く前に風呂から出て計った体重は、77,5kgでした。


 しかし、退院前日に、シャワーを浴びた後にシャワー室で計った体重は、80,25kg・・・(T_T)(ー_ー)!!・・・空しい。



 手術前に絶食・・・その後も、1日に1800kcalの成人男性なら極めて抑え気味の健康的な食事・・・何でじゃぁ???



 まぁ、考えてみれば、カロリーは少ないとは言え、食物繊維重視の消化吸収の良い食事と、静養と痛みの為に、ほぼ一日中、ベットに寝転んでばかりの生活・・・その上に、お通じを良くする為と言われて、1日に2ℓ以上の水分を摂取する様に心掛けて居たので水膨れ状態の身体・・・更に、小腹が空いたと言っては、夜中に起き出して、2階のロビーの自動販売機で売られて居るナビスコのチップスターとキットカットを、缶のココアを飲みながら、誰も居ない待合室の椅子に腰掛けて貪って居た怠惰な50過ぎのオジサン・・・仕方ないか。


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 退院直前 9月16日13時の計量




 処が、退院直前に昼食を食べた後、術後に便秘して居たのが、前日から処方して戴いた漢方薬の効果が急に現れ、トイレに行った後、すぐにシャワーを浴びて計量すると、76,60kgでした。


 喜んで好いのか哀しむべきか・・・『儂の身体は、どうなっちょるんじゃろぅ?』と思いながら、私程太って居ますと、5kgは誤差の内・・・ボチボチと自分のペースで遣って行きます。


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 9月16日の昼食 (最後の病院食)




 退院する日の最後の昼食には、「退院、おめでとうございます。土師様の健康と幸福を心よりお祈りいたします」との、メッセージカードが添えて在りました。


 ほんの些細な事ですが、とても心に染み入りました。



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 或る日の朝食



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 或る日の昼食


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 或る日の夕食



 「食」に携わる仕事をして居りますので、どうしても食事が気に掛かります。


 生来の食いしん坊と言う事も多分にありますが・・・。




 川堀病院では、痔疾で入院して居る患者ばかりですから、正常なお通じを促す観点から、食物繊維を多く摂取する食事の内容に成って居ます。



 定められた範囲の中で、非常に工夫されて居るメニューだと、いつも感心し切りでした。


 普段、私が立たせて頂いて居ります、高級割烹料理店や料亭、或いは結婚式場での懐石料理では、金額やカロリーの事などは二の次で、如何に良い素材を吟味して、如何に美味しく調理するかと言う事に重きを置きます。


 私はアルバイトの臨時の料理人(料理請負人と言う聞こえの良い呼び方をされますが…)で、経営者では在りませんから、経営者や依頼者から求められるレベルの料理を作るだけなので気楽なものです。


 経営者や依頼者は、如何に金払いの良い御客様の気持ちを掴むかと言う事に重きを置きますし、御客様の側も、如何に美味しいモノを気持ちよく食べさせて呉れるかと言う事に重きを置き、金額とかは二の次、健康に良いとか悪いとかを気にされる方は、端っから御見えに成りません。


 両者共に、『健康に悪いモノは美味い』とさえ考えて居る様に思います。


 しかし、病院の調理員の方々は、先ずは患者さんの健康と病状の回復、次に経済的な負担と成らない範囲内での食材選び、療養生活の中で楽しみと成る様な調理等々、多くの課題や制約の中で調理をされて居られます。


 その努力には頭が下がるばかりです。


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 金曜日の昼食

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 金曜日の御品書き



 川堀病院では、金曜日の昼に、少し贅沢に、スイーツの付いた昼食が提供されます。

 聞いた処に由りますと、「病気の性質上、長期入院される患者さんが居ないので、一度くらい少し贅沢な食事を摂って戴きたいので・・・。」と、答えてくださいました。



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 火曜日の昼食

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 火曜日の手作り菓子



 火曜日には、手作り菓子が振舞われます。



 ほんの些細な心遣いでは在りますが、少ない人数と限られた時間の中で、此れを提供する事は、大変な労力に成ると思います。


 在り難く戴きました。




 此処数年、席に座れば3万、5万と戴く様な仕事ばかりをさせて戴いて居りますと、其れは其れで在り難い事では御座いますが、何か本質的な処を、忘れ掛けて居た様に思います。



 昨日から、ホテルの結婚式での料理請負の依頼を受けて、友人の経営する割烹料理店の若い者3人を伴って、泊まり掛けで来て居ります。

 未だ体調は万全ではないのですが、若いカップルの良き思い出と成る様に、心を込めて料理を作らせて戴きました。



 明日も明後日も、結婚式の懐石料理や、舟盛りを造る仕事をさせて戴きます。


 仕事を終えた後、ホテルには大浴場も在りますが、出血は止まったものの、未だ傷口からの感染の可能性が在り、部屋の風呂のバスタブに浸かって養生して居りました。


 何とか持ち堪えられそうです。



 ホテルが用意してくださった二人部屋で、若い者のMacBookに悪戦苦闘しながら、記事を書いて居ります。・ ・ ・ アジアの片隅より



御詫び・・・入院中に親しくしてくださった御婦人方へ・・・入院中、「退院したら美味しいスイーツを造って御見舞いに来ます」との約束を守ろうと、金曜日に、「パンプキンクリームのオムレット」を作って持参致しましたが、食物繊維を沢山とって戴きたいとの思いから、生地に人参のピューレを多量に混ぜ込んだ為、生地が膨らまず、出来損ないの牛皮餅の様な不味い、私のスイーツ失敗作ワースト3の出来上がりに成って仕舞いました。 
 普段ならば作り直したりするのですが、今回は間が無く、後日に成れば退院されるでしょうから、仕方なく持参した次第です。
 いつか縁在れば、美味しいモノを作って提供いたしますので、今回は気持ちだけを受け取り、鷹揚な気持ちで御許しください。・・・土師より


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by asianokatasumiyor | 2015-09-20 21:06 | 日常
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 5階に在る食堂




 デイルームも兼ねた病院の食堂は、5階に在ります。


 自分で歩ける入院患者は、此処で一緒に食事をします。


 男女の席は分けられて居ます。



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 エレベーターで5階に上がり、「本当に食堂が在るのか?」と疑う様な重厚な扉に「食堂入口」と書かれて居ります。

 扉が重厚なのは、防火等の為と思われます。



 因みに、左側が手術室と手術控室に成って居ます。



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 扉を開けると、デイルームも兼ねた病院の食堂の入り口が在ります。



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 入り口を入って左側に、ゆったりと座れる長椅子が設置されて居り、貸し出し用の書籍も在りますし、自販機も設置されて居り、お茶や焙じ茶も自由に飲む事が出来ます。



 見舞客等も、テーブルで飲食する事が出来ますが、入院患者への定まった食事のみで、一般への食事の提供は為されて居りません。



 利用可能時間は、午前8時から午後8時までです。



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 此方の食堂では、3人の方が働いて居られます。



 女子大を卒業したばかりで栄養士の資格も在る元気溌剌の佐々木さん、いつも明るく親切な素敵な御婦人の菊田さん、物静かで温厚な私と同年代の男性の吉田さんの3人です。



 昔は、食堂で働く方も、病院の職員で構成されて居りましたが、昨今は、専門の業者に委託している場合が殆んどで、此方では、(株)日清医療食品から派遣されて、食堂の業務をされて居ります。



 朝食は一人、昼食は二人、夕食は一人の体制で行い、入院患者の多い時には、一人で40人分以上の食事を作られるとの事ですから、非常にハードな仕事に成ります。



 川堀病院の管理栄養士である、木野本絵美先生の作られたメニューに沿って調理されているのだと思いますが、早朝から夜遅くまで、本当に大変な仕事です。




 以前の記事で、禅宗の食事係で在る「典座」や、「典座教訓」について触れた事が在ります。

 道元禅師は、南宋に留学したした時の二人の老典座との出会いにより、それまで、修行の妨げに成るとさえ考え、軽んじていた典座が、命を賭して修行する僧達の命を支え、修行を続けて行く為の活力を与える存在であり、典座自身も、その事に由って尊い修行をしている事に気付き、此れまでの自分の修行や学びが、間違っていた事を知るのです。

 この出会いが、曹洞宗の開祖となる礎となり、後に表した「典座教訓」は、日本の「食」を方向付ける大本と成りました。


 病院に於いては、食事は治療の一環であり、日々食事を作る事によって、私達の命を支え、治療や療養の効果を最大限に引き出してくださる調理員の方々は、典座に通ずる尊い仕事であると、心から感謝して居ります。



 この様な大切な仕事でありながら、我が国の病院に於いて、調理員の地位や評価は未だ未だ低く、非常に残念に感じて居ります。




 今回の入院で、毎日、毎食、病院食を戴きながら、「食」に携わる者として、色々と考えを新たにしたり、考えを深めたりする機会を得て、在り難く感じて居ります。・ ・ ・ アジアの片隅より




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by asianokatasumiyor | 2015-09-20 17:00 | 日常
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 シャワールーム




 手術の翌日からシャワーの許可が下りました。



 痔疾の術後は、自分が努めて清潔に保つ事が重要です。



 腹部を切開する様な手術と異なり、痔疾の術後は、余程の重傷で無い限り、簡易な措置が執られるのが通常の様です。



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 シャワー割り当て表



 シャワーも座浴も、曜日毎に男女で時間が割り当てられて居ります。


 

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 シャワースペース



 写真では狭く感じますが、反対側の脱衣スペースも、ゆとりが在り、とても清潔に保たれて居り、使い勝手も良く快適です。


 当初は有料だったのか、百円玉を入れて使用する造りに成っては居ますが、今は無料で時間制限も無しに使えます。



 シャワースペースは、左側に2ヶ所在ります。



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 座浴スペース



 座浴スペースは、シャワールームの奥に在ります。



 座浴とは、容器に熱めの湯を張り、お尻だけを温める部分浴です。


 痔疾の治療面からは、肛門や臀部の傷部を清潔に保ち、痛みや充血、肛門括約筋の緊張を和らげる等の効果が在ります。





 術後の何日目かでしたが、夕食の後にシャワーを浴びに行きました。


 脱衣スペースでパンツを脱いだ時・・・。


 無い‼・・・(+_+)/~~~無い‼


 アレが無く成って居る事に気付きました。




 「しあわせ素肌・夜用400」・・・アレが無いのです。


 即座にパンツも履かずに、寝間着代わりの半パンとTシャツを着て、私は曲がった鉄砲玉の様に、病室に向かって飛び出した。

 運良く⁉…病室を出た所の隅っこに落ちて居るのを発見‼・・・すぐさま拾ってポケットに押し込む・・・キョロキョロッと辺りを見回し、誰にも見られて居ない事を確認・・・ホッとしてシャワールームに踵を返す・・・。



 若し、アレを誰かに拾われて居たら…(T_T)(#^.^#)・・・夜逃げ同然に病院から逃げ出していたかも?・・・。


 「危ない処じゃった・・・気ぃ付けんにゃぁ・・・。」と、思いながらシャワーを浴びて居りました。




 痔疾の術後、出血に由って下着や寝具を汚さない様に、入院前に準備する事を、病院から指示されて居りましたし、実際、装着して居りますと、少量の出血が在り、ナプキンに付着して居りました。

 病院から、入院に際して、トランクスでは無く、ブリーフかボクサーパンツを持参する様に指示され、愛用のボクサーパンツを持って来て居りましたが、生理用品と言うのは、女性用の下着を想定して作られて居る所為か、収まりが悪く、何分、不慣れでも在り、歩いたり寝返りを打ったりするとズレたりして居りましたが・・・外れて落ちて仕舞うとは・・・危ない‼危ない‼



 抑々、入院の準備の為に、マツモトキヨシ広島御幸の杜店 に買い出しに行った際、レジのお姉さんの姿に買う事が躊躇われ、恥ずかしながら妹の所へ行って譲って貰ったのでした。


 その折、「お兄さん、昔は、こんなモン買うのは何とも無い言ぅて平気じゃったのに、どぉしたんねぇ?」と聞かれ、

 「いゃのぉ…この歳に成ったら、何や知らん恥ずかしゅぅてのぉ・・・『妻のです』言ぅて嘯いて言い訳するんも、反って変なしのぉ・・・ハッハッハッ‼」と、笑って茶を濁して居りました。



 そう言えば、私が使って居た「しあわせ素肌」は、元AKB48の前田敦子さんCMに起用された関係で、ファンの男性が大人買いしている事が話題に成って居りましたが、その辺りのファン心理は、此れに関しては理解しかねます。



 この件に関しては、誰にも語って居りませんでしたが、粗忽者故、この手の話題には事欠きませんが、今も思い出す度に赤面するばかりです。・ ・ ・ アジアの片隅より




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by asianokatasumiyor | 2015-09-20 12:00 | 日常
 受付で入院の手続きを終えると、病室に案内され、荷物を整えて着替えを済ませて待って居りますと、看護師さんに案内されて、血圧を計ったり心電図をとるなどした後に、主治医に診察して戴い後に手術の説明を受けました。


 もう何度も、お尻を見られましたので、恥ずかしさは薄れましたが、何故か主治医である竹田先生の顔を正視する事が出来なく成りました。



 亡くなった妻と結婚した頃、初めての夕食の際に、妻と向かい合った時、決して顔を上げる事が出来ず、それを妻に指摘されて、更に妻の顔を正視できなくなった私でしたが、下品な広島のオジサンでは在りますが、50歳を過ぎた今でも、シャイな部分は、未だに抜けないで居るのでした。


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 手術のイメージ画像は此方から寸借



 手術の為に呼ばれたのは午前11時頃・・・脊髄注射で麻酔を施された後、手術台に移され、産婦人科の分娩台を、更に極端にしたような形の台に両足を乗せて手術が始まりました。



 麻酔も能く効いて無感覚・・・痔疾の手術は3回目ですが、以前の手術は2回とも、小池消化器科外科内科の医院長に行って戴きましたので、女医に執刀して戴くのは初めてです。



 『出産する女性の方は大変じゃのぉ・・・。』と、無関係な事を思いながら、恥ずかしさに耐えて居りました。


 当然、痛み等は在りません・・・大きく広げた両足に被された布越しに、竹田先生や助手の方々の表情や様子を、チラチラと視ながら、ほぼ何も考えず、少し愉し気にも聞こえる、「今、切除しましたよぉ♪」「縫合しますねぇ♪」等と言う先生の呟きにも似た呼び掛けに、「はぁ…」と、小さく答えながら、20分足らずで手術が終わったのでした。



 病室に運んで戴いてからは、点滴を受けながら、ホッと安堵して、随分と深い眠りにつきました。


 この処、痛みの為に、眠りが浅く、1時間おきくらいに目が覚めて居りましたので、ぐっすりと眠りました。



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 手術後の夕食 おも粥と卵豆腐と水雲の澄し汁



 午後4時前頃に目が覚めて、ベットで横に成ってボーッとして居りましたが、午後6時の夕食の時間に、術後のおも粥が運んで来られました。



 ベットから起き上がって、「戴きます」と言って手を合わせ、粥を口に運びますと、『美味しい』・・・私は、御飯よりも、粥や雑炊が好きでして、普段でも、粥や雑炊かパン食で、御飯を食べる事は少ないのでした。



 ゆっくと味わいながら戴きましたが、すぐに完食し、物足りなさを感じながらも、術後と言う事も在り、御代わりも出来ませんし、「御馳走様でした」と手を合わせ、薬を飲んだ後、もう、麻酔もすっかり醒めて居りましたし、歩いても良い許可も戴いて居りましたので、自分で下げに行きました。



 幾らか痛みも在りましたが、此の処耐えて来た痛みに比べれば、極楽々々・・・痛み止めの点滴の効果も有るのでしょうが、過去の2回の手術では、部分麻酔をして手術し、そのまま車を運転して帰って居りましたので、病巣が大きく、縫い合わせた痕も大きいものの、割と早くにチョロチョロ動き回れるのでした。




 しかし、夜が大変でした。


 痛い訳では在りません。

 日中に爆睡した為に、眠気が来ません。


 
 病院の消灯は午後10時・・・眠れない・・・全く眠気が来ないのでした・・・長い夜を眠らずに過ごしました。



 明け方近くに成って、ようやく眠りましたが、何故か1時間も経たない内に目が覚めて仕舞い、時計を見ると未だ6時前・・・『ヤレヤレ…』と思いながら起き上って、病室は大部屋でしたので、足音を忍ばせてトイレに向かい、溜息を吐き、足音を忍ばせて病室に帰ってベットに横に成り、病院の起床時間である7時に成るのを待つのでした。


 その日だけで無く、眠れない夜は退院するまで続き、快適な入院生活の中での、唯一の悩みの種と成りました。



 如何せん、普段は、マンションで気儘な独り暮らしをして居りますので、神経質な性分では在りませんが、夜眠れないので昼に眠気が来て眠り、何もする用事も無く、座って居ると痛みや出血が有るので横に成って居ると自然と眠って仕舞い、したがって夜に眠れない・・・こんな悪循環を繰り返して居りました。



 4年前に、交通事故で右膝を粉砕骨折し4ヶ月入院した時も、同じ様な事でしたので、これで結構、繊細な所が在るのかも知れません。




 入院する際に、数冊の本を持参したのですが、心の師で在る、宮澤賢治先生の詩集ばかりを読み返し、秋の夜長を過して居りました。・ ・ ・ アジアの片隅より




おきてがみ

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by asianokatasumiyor | 2015-09-20 00:39 | 日常
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 先月の末辺りから持病の痔疾が悪化し始め、月替わりと共に急激に悪化して、歩行さえも儘成らない状態に成りました。


 いつもですと、西区の草津に在ります、小池消化器科外科内科医院で長年御世話に成って居りますが、病状(いつもなら小豆ほどなのに今回は空豆でした)からすると、今回は入院治療が必要だと思われましたので、友人や妹に話しました処、見舞いに来て貰うにも遠い為、友人の勧めで、広島駅にも程近い、松川町に在ります川堀病院で診察して戴く事と成りました。




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 で、9月3日の朝、痛みを堪えて診察して戴きに参りました。



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 自らも医師で在る先代の医院長夫人の堀川玲子女史は、画家としても知られた方で、流石と思わせる、雰囲気の好い、お洒落な吹き抜けの在る階段を上がった2階に、受付と診察室が在ります。



 来院した時には気付かなかったのですが、私の様に足の不自由な方などの為のエレベーターは、駐車場の右奥に在ります。




 受付を済ませて、少しホッとした心持で待って長椅子に腰掛けて待って居りましたが、川堀病院は、広島では昔から痔疾の治療では評判が良く、多くの方が待って居られました。


 病気とは言え、耳映えの好い病気では在りませんので、殊に女性の方とは視線が合わない様に心掛けながら待って居りました。


 昨今は、病院の待合室で大きな声で話をする人も居りませんが、それにしても、何処の病院にも増して静かです。


 痛みが強い程に、待って居る時間は長く感じるものです。


 随分と待った気もしますが、30分余りでしょうか、ようやく名前を呼ばれて診察室に向かいました。




 ゲゲッッ⁉・・・(ー_ー)!!(#^.^#)・・・女医さんです⁉



 しかも若い!!・・・儂よりは・・・。



 竹田春華先生・・・声と笑顔の素敵な、直径25㎝の丸いお盆にピッタリ嵌りそうな真ん丸な顔の可愛い方です・・・決して美人とは言いませんが・・・。



 診察台に横向きに寝そべって、お尻を出し、お尻の穴を触診されてコネコネされた時の恥ずかしさたるや・・・学生の時に交通事故で瀕死の重傷を負って入院した時、研修中の十代の看護婦さん(現代は看護師さん)に、尿瓶にオシッコを捕って貰った時以上の恥ずかしさが在りました。


 多分、相当痛かった筈なのですが、恥ずかしさが凌駕して痛みを感じた記憶が薄いのです・・・御蔭様で・・・せめて年配の女医さんだったら・・・この病院を勧めた友人を恨みました。


 診察の結果、『痛み止めを飲んで軟膏を塗って、取り敢えず一週間ほど様子を看ましょう。その内に症状が良く成る事も多いですから・・・。』との事でした。



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 病院の北側 広島駅方面を望む



 塗付して戴いた軟膏の効果も有ってか、幾らか痛みも治まり、それ以上に友人に対する怒りが込み上げて来て、病院を出るなり友人の所に向かいました。




 で、友人の顔も見るなり、


 「わりゃぁ!!…儂を騙しゃぁがったのぉ!!・・・若い女医さんじぁったじゃなぁか!!…アナルに指ぃ入れられてコネコネされて、儂が、どんだけ恥ずかしかった思ぉちょりゃぁがるんなら!!…大概にせぇよ!!」と、申しますと、



 「そりゃぁ当りじゃったんよ。運がえかったのぉ・・・川堀病院は、女性専門外来言ぅんもしよるけぇ、女の先生も居るんよ。男の先生じゃったら酷ぉ痛い目におぉちょったかも知れんし、女の先生じゃけぇ優しゅぅして呉れちゃったじゃろぉけぇ、えかったじゃろぉが・・・ほれに、儂じゃったら、若ぁ男の先生に肛門を見られたり、いらわれたりするする方が冴えんで、逆にのぉ。」と、悪びれもせず、笑いながら言いましたので、怒る気も失せて、私も笑って頷きました。

 「ほれに、今日日、風俗へ行っても、若ぁネェチャンにアナルをグリグリして呉れる様なサービスやなんかぁ、なかなか遣ってくりゃぁせんでぇよ。儂が入院した時ゃぁ男の先生じゃったけぇ、羨ましいぐらいじゃわい。」と、笑いましたので、


 「何ぃぬかしゃぁがんなら・・・ワヤ(無茶)言ゃぁがって・・・儂ゃぁ風俗じゃのソープじゃのへ行った事ぁ一遍も無ぁんじゃ・・・嬉し気に笑やぁがって・・・こっちゃぁ、どんだけ痛いんを我慢しちょるか・・・笑い事じゃぁ無ぁんでよ。」と、笑いましたら、お尻に刺し込む痛みが走り、笑いを堪えながら痛がる顔をしたのが可笑しかったらしく、『同病相哀れむ』・・・友人も笑いながらも気付かって呉れましたが、女将(友人の奥さん)が、お茶と茶菓子を出して呉れながら、

 「あんた等ぁ、えぇ歳をしたオジサンが二人、昼から大けな声で、ソープじゃのアナルじゃの言ぅて、風が悪りかろぉ・・・えぇ加減にしんさいよ。」と、笑いもって制しましたので、病状や今後の予定についての話に切り替えて、シルバーウィークの連休中に控えている、ホテルで行われる結婚式の料理請負の仕事についての打ち合わせ等を致しました。

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 病院の東側 松川公園越しに比治山を望む



 為るべく無理をしない(痛みで無理も出来ませんでした)様にしながら、患部に軟膏を塗り、傷み止めを飲みながら仕事を続けて居りましたが、病状は回復しませんでした。



 「一週間ほど様子を看ましょう」と、言われては居りましたが、耐え難く、月曜日(9月7日)にの朝に、入院する気で診察を受けに参りました。



 ところが、診察して戴いた結果として、9日に入院して、10日に手術を行う事に成りました。



 私の病状は、血栓性内外痔核脱肛で在り、痛みは強いものの、大量に出血して居る訳でも無く、化膿して居る訳でも無いので、緊急に手術を要さないので、病院の手術のスケジュールに合わせて、手術をして戴く手筈と成ったのでした。




 直ぐにでも手術をして戴きたい気持ちでしたが、仕方なく帰宅し、傷み止めを飲んだり、日に何度も湯船に浸かったりしながら2日間耐えて、独りで大荷物を抱えて、指定された9日の午後3時に入院したのでした。・ ・ ・ アジアの片隅より





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by asianokatasumiyor | 2015-09-18 15:00 | 日常

秋の訪れ・・・。

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 ふと目覚めて窓の隙間から覗いた空には、微かな雨音が響いて居ました。



 『雨かぁ・・・入院した日も雨じゃったよのぉ・・・。』と、そんな事を思いながらベットから起き上がり、徐(おもむろ)に窓辺に近付いて病室の階下に広がる景色を眺めながら、斜め向かいのマンションに目を遣ると、真っ赤に色付いた曼珠沙華が目に留まりました。



 妙に愛おしく思われ、無性に気掛かりに成った私は、足音を忍ばせて病室を抜け出して下へと降り、病院の裏口から斜め向かいのマンションの植え込みに咲く曼珠沙華のもとへと歩み寄りました。



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 曼珠沙華は、仏教で伝説上の天の花で、サンスクリット語 manjūṣakaの音写であり、純白で,見る者の悪業を払い、天人が雨のように降らすと言われて居りますが、一般的には彼岸花ヒガンバナと呼ばれ、中には伝説と同じく白色のモノも有りますが、多くは鮮紅色の花を咲かせます。



 アルカロイド系の強い毒性が在り、田を荒らす動物等がその鱗茎の毒を嫌って避ける事や、飢饉の時の非常食(水に浸して無毒化して鱗茎から食用のデンプンを採取する)とする事から、田畑の畔(あぜ)などに多く植えられて居りました。


 死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)、はっかけばばあと呼んで、日本では不吉であると忌み嫌われる事も在る反面、「赤い花・天上の花」の意味で、めでたい兆しとされる事も在りますが、子供の頃に、「毒があるけぇ触るな!」と教えられて居りました私には、その毒々しい色合いと群生する異様な姿に、余り好いイメージは在りませんでした。




 しかし、この街中の片隅で、秋の長雨に濡れながら、ひっそりと咲く曼珠沙華は、何故か私の心を捉え、癒して呉れました。


 月初めから病気の激痛に苛まれて入院・手術をし、医師や看護師や多くのスタッフの方々や、同じ病で辛さに耐えて居られる入院患者の方々の御蔭で、先日辺りから痛みからも解放されて癒され、こんな曼珠沙華さえも愛でる事の出来る心のゆとりを得たと言う事でしょうか?


 主治医である、竹田春華先生は、月末まで入院する事を奨めてくださいましたが、連休中に外せない大切な仕事(ホテルの結婚式での料理請負)が数件在る為、未だ痛みや少量の出血は在るものの、退院して厨房に立たざるを得ないのでした。


 とは言え、入院前の事を思えば、本当に楽に成りました。



 「無理をし過ぎない事」を条件に、退院の許可を戴きました。




 9月9日に入院して、僅か一週間でしたが、めっきり秋が深まった様に感じます。



 ここ十数年、9月に入っても猛暑日が続き、いつ夏が終わり、いつ秋に成ったのか分からぬ内に秋が終わって仕舞う様な事ばかりでしたが、今年は9月に入った途端に秋風が吹き過ぎ、空も大地も海も一遍に秋の気配に包まれ、蝉の声さえも物悲しく響いて参ります。



 こんな秋の訪れを感じたのは、本当に久しい事だと感じて居ります。




 嗚呼・・・申し遅れて居りましたが、9月1日より記事の更新を滞らせて居りましたが、月初めより持病の悪化により記事の更新が儘ならず、重陽より入院して居りました。




 午後に退院致しましたが、退院しますと、途端に仕事先への打ち合わせや見舞いの御礼参り等で忙しく駆け回り、どうしても無理をして仕舞います。



 性分ですねぇ・・・仕方が在りません。



 成るべく無理をせぬ様に心掛けながら、勤めて参ります。




 闘病についての四方山話は、また別の機会に・・・。



 そう言えば、今は改装されて賃貸マンションとして使われているらしい写真の建物ですが、一昔前までは、ラブホテルで、曼珠沙華の咲いている辺りに、毒々しいネオンの在る看板が在った事を思い出しました・・・今は、どんな方が住んで居られるのか・・・外観に、その面影を残して居りますが、今は昔の話です。




 久し振りの独りの部屋で、自動車が雨を踏み分けて行く雨音を聞きながら、少し男前に成った様な気分で、色々な思いを巡らしながら、『ありがとう』と、心の中で呟いて居りました。・ ・ ・ アジアの片隅より




おきてがみ

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by asianokatasumiyor | 2015-09-16 23:49 | 日常

 ・・・お知らせ・・・



 エキサイトブログで、新たにサブブログとしてアジアの片隅より…Second」を開設致しました。


 時々しか更新しないと思いますが、間の在る時に気が向きましたら訪ねて来てください。・ ・ ・ アジアの片隅より



追伸致します・・・ネット環境を改善する為、暫くブログの更新を休みます。(屡、更新が滞るので、報告する事でも在りませんが、今回は、事故では在りません。)・・・以上



おきてがみ

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by asianokatasumiyor | 2015-09-01 15:15 | お知らせ